なぜ、メガネ美人は許されるのに、メガネイケメンは許されないのか?

メガネは好きだろうか?

 

と言っても、眼鏡本体ではなく眼鏡をかけた人…もっと言えば眼鏡をかけた美形はどうだろうか?

 

 

※この内容は、性嗜好に関わる内容になります。

また、自論すら形成できていない問題提起(事実確認)みたいな内容になります。

 

 

私はメガネイケメン「も」好きである。(美人も含む)

眼鏡…いや、メガネはフェチズムに数えられる性嗜好の一要素になる。

何年か前にメガネフェチなんて言われていたのでフェチズムに数えていいのではないかしらん。

 

私は傾向的にイケメンを好むだけで、美形であれば性別は問わない。美人も等しく好きだ。

 

この美形が好きという程度は月並みだと思っている。ただ、同性を含むという点は昨今でもどう認識されているかという疑問はある。

 

 

ここでは、自分の傾向に合わせてイケメンを主軸にして書き残していきたい。

 

ただ、美形であれば、正直眼鏡の有無は問わない。裸眼の美人もイケメンも好きだし、等しくメガネのイケメンも美人も好き。

だから、この見出しは「~も」になる。

 

眼鏡の有無に甲乙はつけがたいが、個人的になぜか眼鏡より伊達眼鏡のメガネ美人・メガネイケメンの方がより興奮を誘われる。

 

 

●言葉の定義

今さらながら、ここでの言葉の定義をしておきたい。

  • 眼鏡…眼鏡本体。または眼鏡(物)単体のこと。
  • メガネ…眼鏡をかけている人。

 

 

結果としては、そうでもない!?

タイトルに対して早々に否定になるが、この思考を繰り返していたら、そうでもねぇなと思ってしまった。

 

そんなに作品を知らないのと統計等も取ってはいないで私の印象で語るしかしない。

 

知る限りのアダルト作品、エロティシズムのない恋愛物、ヘテロにホモ等の一場面を思い出してみると、性別は関係ないなって・・・

 

 

むしろ、眼鏡自体が許されていないと言う印象にある。

これは多分間違いない。

 

メガネに対するネガティブな社会的印象があることは認める。

ある意味、私みたいなのはそれが情欲を掻き立てる一要素を構成していることは否めないから。

 

こと恋愛物(エロ不問)にあっては、「地味=美形性の否定の象徴」として扱わている。

 

主人公なりが「眼鏡がない方がかわいい」等と好いた男や女に言われて、裸眼美人裸眼イケメン(コンタクトレンズ)にだーいへーんしーん。

大概、遅くとも物語の中盤には眼鏡は殺される。そして、裸眼(コンタクトレンズ)の美形の転生して終盤を迎えている。

 

 

ただ、眼鏡をかけた不細工から一つ言わせてほしいことがある。

 

眼鏡をかけた不細工は裸眼になったところで不細工のままだ。

しかし、眼鏡をかけることで多少マシになることはある。

※昨今確立した技術としての美形になる技術を行使しない場合。(してもっていうのはあるが)

 

 

なぜか、地味の反対が派手のはずなのに、「美形」として扱われてきた現状がある。

たしかに、一部を除けば不細工は地味になりやすい。

 

いーや、地味の中の原石を発掘しているんだという無意識な設定があることは想像に難くはないのだけども。

 

 

とはいえ、殺されるメガネイケメン

結果(≠事実)を語っといてなんですが、そうは言っても個人的にはメガネ美人はそのまま生かされているケースの方が多い印象にある。

 

先の結果では主にエロティシズムのない恋愛作品を想定している。

男も女も。

 

今度はアダルト作品の気も含む。

 

もうビデオはないので今はセクシー俳優なりモデルなりと呼ぶようだが、私が目にした作品の中で眼鏡をかけた男女自体が少ないが、とある作品のセクシー女優は終始メガネ美人で情事をなしていた。

位置直しはあっても、外すことはなかった。

 

しかし、少ない眼鏡設定のセクシー男優=メガネイケメンは登場こそ眼鏡をかけていたのに早々に眼鏡をはずして、終始裸眼で情事を済ませやがった。

 

これは生の人間に限らない。

私はGL方面などは認識がないが、BL系のエロ漫画でも変わらない。

 

せっかくイケメン同士が組んずほぐれつというときにメガネイケメンが眼鏡を外す。

 

 

恋愛も性体験も知らない成人が一人故に性行為に夢を持ってしまっているのかもしれない。

現実はそういうものなのだろう・・・

 

 

仕事等であくまでそういう役として、裸眼の方が需要を満たせる等のビジネス面なら理解できるが、私は作品が見たいのだよ。

 

エロがあろうとなかろうとなぜ、作品だというのにメガネイケメンはメガネでいることが許されないのか。

 

メガネに戻る作品や終始する作品もあるだろが、こと性行為や恋愛といった性欲に関わる作品ではメガネイケメンは殺され、裸眼イケメンに転生させられている。

 

 

あとがき

私は別に、そういう作品が嫌いではない。

 

嫌いではないが、まがいなりにメガネ美形が好きな一人としてふと気になってしまうことがある。

 

設定とは言え、せっかく眼鏡が似合っている美人やイケメン俳優がその「メガネ役」を演じているのに、途中で外してしまって、その「”役”」からただの「演者」に戻ってしまうようで・・・

 

なんだかんだ私はそんなことを意識しない程度には没入して楽しんで視聴したりしているけど、稀に気づいて残念に思ってしまうことがある。

 

 

ちなみに、イケメンを主軸に書いてきたように思うが、メガネ美人も一概に生かされているわけではないように思う。

 

分けるなら…

  • キレイ系美人→メガネのままも可。
  • 可愛い系美人→メガネを外すことが多い。

 

…これは男の性欲なのかも知らないが、キレイ系(美しいとも)美人はメガネでいることが許されるが、可愛い系になると大概、眼鏡を外されているのではなかろうか